2004年度平成基礎科学財団の科学教育に対する顕彰活動について
 第
1回「小柴昌俊科学教育賞」の事業活動のご案内とご報告

                         「小柴昌俊科学教育賞」選考委員会

 

2004年度に実施された顕彰活動の概略を紹介いたします。

 

0.はじめに

平成基礎科学財団は「基礎科学、純粋科学に光をあて、基礎科学の面白さがわかる教育の普及、意欲と夢をもった若者を育てること」を目標に2003年に設立されました。この財団事業のひとつが、“小柴昌俊科学教育賞”の授与による基礎科学教育の振興です。

 科学の探究は極めれば極めるほど深奥なものです。科学は意外性に満ちあふれています。基礎科学はその宝庫です。だから面白いのです。この醍醐味を是非、若者たちに体感していただきたい。これが小柴昌俊科学教育賞創設の動機です。「理科教育が危ない」といった今日的状況に照らし、基礎科学への興味と関心を高めるため、 授業内容・方法、教材・教具等の開発及びその指導法などで、新しい発想と工夫を教育現場に期待したいと考えました。

 

1.表彰の目的と基準 

  本賞は児童・生徒の基礎科学への興味と関心を高めるため、新しい発想と工夫に満ちた理科教育プログラムを開発・実践し、理科教育に関し著しい教育効果を上げた団体及び個人に対し贈ります。また、その実践事例に対し助成します。その基準は以下のような事項を目安とします。

     (1)児童・生徒の思考を深め、創意や主体性を促進し、創造性や独創性などを高めるための指導を行っている。

(2)効果的な教材・教具等を開発し、それらを利用して楽しく、かつ、奥深い授業を実践している。

(3)授業内容や観察・実験の準備や実施方法などで、教える事柄を工夫している。

(4)自然科学に対する興味と関心を高め、科学的な能力・態度の育成に重点を置いた良好な学習環境を整備している。

*ここで理科教育とは小学校、中学校、高等学校に於ける理科、算数・数学に関する教育をいいます。

2.表彰

 (1)優秀賞(賞状、金メダル及び副賞100万円)     1件

 (2)奨励賞(賞状、銀メダル及び副賞50万円)       3件

 

3.選考委員

秋山 仁 平成基礎科学財団理事、東海大学教育開発研究所次長

小林俊一 平成基礎科学財団理事、東京大学名誉教授

古在由秀 平成基礎科学財団評議員、東京大学名誉教授

白川英樹 平成基礎科学財団評議員、筑波大学名誉教授

和田昭允 横浜こども科学館館長、理化学研究所ゲノム科学総合研究センター特別顧問

 

4.選考のプロセス

第1回「小柴昌俊科学教育賞」には、2004年4月1日から10月29日迄を応募期間とし、総計78件の応募がありました。昨年12月16日の第1次選考会議において、上記1.に示す目的と基準に照らし厳正な審査を行い、これらの中から10件が第1次審査を通過しました。

2005年1月17日から2月10日迄の間に、第1次審査を通過した活動プログラムに対し現地調査を行い、申請者へのインタビュー、プログラムの実施状況、成果、生徒の生の反応など、約20の項目にわたり慎重な調査を実施いたしました。

2月23日に第2次選考委員会を開催し、現地調査の結果を踏まえ、10件から4件に絞り込みました。選考会では主に下記の観点からの議論が交わされました。

 

    理科教育において創意や工夫、独創性が見られる

    児童、生徒に科学的好奇心を植え付け、興味・関心を喚起している

    時代や社会が求める革新的な理科教育を実践している

    児童、生徒が自発的、主体的に活動に参加している

    作業や体験を通して、科学的思考や態度を育成している

    実際に成果を上げている

    定期的、組織的に行っている

    活動が将来にわたって継続される可能性が高い

    長い歴史を持つ

    多くの人を対象としている

 

この結果、最終的に第2次選考を通過した活動プログラムは下記の4件でした。(登録順)。

 

*「ワラジムシを用いた創造性・主体性教育」、前島昭弘氏(晃華学園中学・高等学校教諭)

*「児童の基礎科学への関心を高める科学教室指導プログラム」、金沢市児童科学教室(代

表者 藤井昭久氏)

*「自律的学習力育成と基礎学力向上プログラム」、北海道札幌稲雲高等学校(代表者 大

河内佳浩氏)

*「光と風と僕たちがはこぶ、ブロードバンド」、豊増伸治氏(星の動物園みさと天文台研

究員)

 

これら4件について、2005年3月27日に丸ビルのコンファレンススクエア、第4会議室において、最終審査会を兼ねたプレゼンテーションを一般の方やマスコミ関係者に公開の形で行いました。その後、直ちに最終審査会を行い、優秀賞を「光と風と僕たちがはこぶ、ブロードバンド」の豊増伸治氏に、また奨励賞を「ワラジムシを用いた創造性・主体性教育」の前島昭弘氏、「児童の基礎科学への関心を高める科学教室指導プログラム」の金沢市児童科学教室(代表者 藤井昭久氏)、及び「自律的学習力育成と基礎学力向上プログラム」の北海道札幌稲雲高等学校(代表者 大河内佳浩氏)に授与することを決定しました。

 

5.授賞活動の概要と審査講評

 

a)                奨励賞

応募プログラム名:「ワラジムシを用いた創造性・主体性教育」

応募者名:前島昭弘氏(晃華学園中学・高等学校教諭)

 

活動の概要

科学の方法を知ると同時に、その楽しさと奥深さを知り、生きた生物材料、自然界に生息している生物と直接触れることによって、自然界の多様性と生命の不思議さを感じ取ってもらうことを目指し、実験観察をするために必要な道具を創意工夫して作成させ、自主的に実験を進めていく態度を育成し、実験計画、実験結果の記録の仕方、まとめ方について学び、かつ、生命について考える機会を与えることを目的としたプログラム。

 

審査講評

 ワラジムシの行動という、ひとつの現象を、誘因物質や迷路の分岐を使って観測する。単に行動だけではなく、生ゴミ処理、出産、フェロモン等々、多彩なものと関係づけている。また、“死”や“生命”というものも考えさせる。ワラジムシというひとつの簡単な教材を対象にして、その生態をこれだけ多面的に見ているプログラムは他にないと考えられる。

 また生徒がホームページを自発的に立ち上げるなど意欲的で、きめの細かい、また多様な工夫がされている。晃華学園中学/高校の看板プログラムとして11年以上継続しており、参加希望の生徒も多い。中学、高校の関係者の間では知名度の高いプログラムである。生物を対象として、教具と行動観察のシナリオの豊富な点がとくに評価できる。このような点から、本活動は小柴昌俊科学教育賞奨励賞に相応しいものであると判断した。

 

応募プログラム名:「児童の基礎科学への関心を高める科学教室指導プログラム」

応募者名:金沢市児童科学教室(代表者 藤井昭久氏)

 

活動の概要

 児童の科学や自然への興味・関心を高め、科学の基礎知識や実験操作技能の習熟を図り、科学的な追及を通じて、科学することの能力を育て、その楽しさ、大切さを感じ取らせると同時に、社会性、創造豊かな人間性の基礎を培うことを目的としたプログラム。

 

審査講評

本活動の指導者たちは、次のような信念に基づき、組織的に小学校高学年の児童を対象に理科教育を推し進めてきた。

子どもは本来理科が好きであり、自分の確かめたいことを思い通りに調べることができ、失敗から学び、時間が保障されるならば、「理科ぎらいになるはずがない」と。

このような信念のもと、「多くの子供たちを“理科好き”にしたい」と願う金沢市内の小学校理科教師が力を合わせ、ボランティア精神により、昭和40年から現在まで40年間に亘り、活動を進め、現在までに計4,467名がこのプログラムを修了している。

 子供たちは自分の学校の教室から飛び出し、市内の他校生と共に協力して観察したり、グループで実験机を囲み、議論し、試行錯誤しながら楽しく不思議の解明に取り組んでいる。2年間のプログラムの最初の1年間で科学に対する基本的な姿勢や態度、技能や知識を育成し、2年目にはそれらの能力を総動員して実際に問題を解決する体験を積ませている。子どもたちが取り組む課題も幅広く、独創的な活動を行うことができる理科実験教室になっている。

 さらに、このプログラムは、科学する子供の育成だけに留まらず、同時に多くの理科教師を育ててきたことも特筆に値する。さらに、学生ボランティアについても、子供と接しながら貴重な体験を積むことができ、理科教師育成の一環にもなっている。この長期に亘る、組織的な活動は今まで多くの成果をあげており、他の手本になり得る活動であると判断し、小柴昌俊科学教育賞奨励賞に相応しいものと認めるものである。

 

応募作品名:「自律的学習力育成と基礎学力向上プログラム」

応募者名:北海道札幌稲雲高等学校(代表者 大河内佳浩氏)

 

活動の概要

  数学のe-learningシステムを授業に積極的に利用することで、また、生徒に積極的に利用されることで、わかりやすい数学の授業を展開し、生徒の数学への興味・関心を高め、意欲的に学習に取り組む姿勢を育成することを目的としたプログラム。

 

審査講評

 e-learningの授業では40人の生徒がコンピュータの前に座り、最初に、教師によってその日学習する事項の解説が行われる。その後、各生徒は基本、標準、発展の各レベルの問題に挑戦する。生徒は教科書の該当するページを探索したり、問題解決へのヒントを得ることもできるようなシステムになっている。各生徒は意欲的に問題に取り組み、その日の正解率がディスプレイ上に出るので、生徒の励みに繋がる。クラス全体のデキ、不デキは集計され、教員のコンピュータに、表やグラフになって現れるようになる。画面にはアニメやCGなどが多く取り入れられ、生徒に興味をもたせるよう随所に工夫が凝らされている。

このプログラムは千歳科学技術大学と共同で、学習支援を目的とする「教科書」が1000コンテンツ以上、問題解法の「演習」に相当するコンテンツを2500以上開発したことで、かなり体系的かつ網羅的に学習させることができる。

 さらに、同校の数学科の教諭が一丸となって、e-learningを積極的に活用した授業の導入に理解を示し、数学科全体として、このプログラムを活用していたので効果は大きい。

 このプログラムの開発をし始めて、4年半が経過して、低学力層の生徒たちの学力向上に相当な効果をあげていることが、統計的調査で明らかになっている。このプログラムが現在、全国の多くの大学、高校で活用されており、個に応じた数学教育や学力向上に大いに寄与しており、小柴昌俊科学教育賞奨励賞に相応しいものと判断した。

 

 

b)優秀賞                           

応募プログラム名:「光と風と僕たちがはこぶ、 田舎のブロードバンド」(平成15年度地域科学館連携支援事業)

応募者名:豊増伸治氏(みさと天文台研究員)

 

本プロジェクトの概要について

目的・ねらい

美里町は海南市と高野山の中間の山間に位置し人口約4千人の山村である。みさと天文台は約10年前に町営として開設され、口径105cmの天体望遠鏡を持ち、天文学を中心に科学啓発活動を活発に行っていて、豊増氏が指導者を務める。豊増氏は大成高校美里分校において非常勤講師も務め、天文台の活動を学校活動とリンクさせてユニークな科学教育を実践している。分校のある地域は人口密度が低すぎて一般回線の常時接続環境(いわゆるブロードバンド)は実現できないという。科学の力でなんとかできないものかという要請が強い。自分たちで地図模型を作り、街からの無線LAN網(経路)を設計する。電波について深く学び、現場の調査・用地の確保を行い、常時接続環境を実現させることをねらいとしている。

 

科学の体験は、暗記学習や展示やショーだけではない。勉強のための科学ではなく、地域に根ざした具体的な要求や目標を持つことで、自然との真剣な対話がはじまる。設計段階から十分な時間と試行錯誤を重ね、プロジェクトの進行と実現という成果を上げて、科学を核とする大きな実感を得ることを目的とする活動である。

 

審査講評

完成させた無線LANは光ファイバーが来ている岩出町と分校をつなぐものであるが、視察当日は岩出町と天文台を接続するよう設定されていた。天文台の窓から望遠鏡を使ってやっと目視できる山頂に置かれた中継器に向けて、窓越しに多エレメントの八木アンテナの方向を調整すると、受信機に接続の表示が出、きわめて良好な通信が始まった。(搬送波周波数2,5GHz、帯域11Mhz)調整のほとんどは生徒の手によって行われた。

 

建設の様子はビデオで説明を受けた。山頂中継局の位置決めは、手鏡による合図、夜間の照明灯による合図などを利用して行われた。20.8kmという長距離間で正確に方向を定めるのはかなり困難な仕事であったが生徒たちは十分楽しみながらこれをこなした。次の大きな作業はきわめて不便な山頂に太陽光発電装置、風力発電装置、無線中継器およびアンテナ(これらの機器は既製品)を設置することであったが、運送などに大人たちの手は借りたものの、穴掘り、鉄筋溶接、コンクリート打ちなどのほとんどを生徒たちが喜々としてこなしている映像が残されている。作業車のエンジン故障を生徒が修理するというようなハプニングもあった。

 

豊増氏の方針は、画一的な押しつけは一切せず、個々の生徒のできる範囲での作業を指導し、能力をのばすというものである。したがって、無線のエレクトロニクスを十分理解したものもいれば、ただ力仕事を受け持っただけのものもいるということになったが、このやり方が生徒たちを生き生きとさせ、生徒たちが進んで協力するという大成功を生んだ。このプロジェクトに参加した生徒たちの多くが卒業後も天文台に出入りして交流し協力している。

 

このように、この作品の成果は無線LANの成功と言う理科教育的成果にとどまらず、僻地教育、個性を尊重した教育のあり方にまで有意義な示唆を与えるものであること、従来の理科教育の殻を破り、生活の中に必然を見い出し、創意工夫を繰り返し、試行錯誤の末、参加している各生徒がそれぞれの立場から問題をひとつずつ解決している教育はユニークである。また、指導者の豊増伸治氏は電波天文にも造詣が深く、無線LANの指導は極めて的確である。氏はみさと天文台を舞台にした先端的研究、啓発活動にも多大の成果を上げている。「わたしはこんなにすてきな子供たちを持っている」という氏の述懐は氏の教育者としての優れた資質を端的に顕している。

以上の理由により、選考委員全員一致した意見として、本活動はユニークで独創性が高い科学教育の実践であり、小柴昌俊科学教育賞優秀賞に値すると判断した。